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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7515号 判決

原告 伊丹小夜

〈ほか三名〉

原告四名訴訟代理人弁護士 萩芳雄

被告 松下武夫

右訴訟代理人弁護士 前田茂

同 大森明

同 円谷孝夫

主文

一  被告は原告らに対し、別紙目録第一および別紙図面記載の建物のうち、A、C、D部分を収去し、同目録第二および別紙図面記載の土地のうち、右建物のA部分とB部分との境界線をほぼ東方向および西方向に直線をもって延長した線によって二分された土地のうち北側部分(別紙図面に本件北側土地部分と表示してある部分)を明渡し、かつ昭和四四年一二月二六日から右明渡ずみまで一箇月金二、一〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告らその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告ら、その三を被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

一  当事者の申立

原告は本位的請求として、「被告は原告らに対し、別紙目録第一および別紙図面記載の建物(以下本件建物という。)を収去し、同目録第二および図面記載の土地(以下本件土地という。)を明渡し、かつ昭和四四年七月一日から右明渡済まで一箇月金二、八〇〇円の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言を求め、予備的請求として、「被告は原告に対し昭和五〇年一一月二五日限り本件建物を収去して、本件土地を明渡せ。」との判決を求めた。

被告は本位的請求につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決、予備的請求につき、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

二  本位的請求原因

(一)  本件土地、本件建物は嘗て訴外伊丹松雄(以下松雄という。)が所有していたものであるが、同人は昭和二四年一〇月頃本件建物を被告に譲渡するとともに、その敷地である本件土地を、被告に対し普通建物所有目的で、期限の定めなく貸与し、右賃料は昭和四三年一月から一箇月金二、八〇〇円に改訂された。(以下本件賃貸借契約といい、これに基く借地権を本件借地権という。)。

(二)  松雄は昭和三三年六月二三日死亡し、原告らは相続によって本件賃貸借契約に基く貸主としての地位を承継した。

(三)  本件建物は松雄が大正一二年頃、従来建っていた馬小屋を取毀し、その材料を使用して建築したものであって、土台、柱は既に朽廃し、家屋全体が傾き居住不能の状態で、被告も居住して居らず、ただ本件建物のうち一階の一部一九・八三平方米(別紙図面斜線表示の部分)は現在訴外古宇田芳子(以下古宇田という。)が居住しているが、右部分も既に朽廃しており、古宇田はかろうじて居住している状況であるため、同人は原告らとの話合いさえまとまればいつでも退去する旨を述べている。

(四)  以上のとおり、本件建物は昭和四四年六月末日現在で朽廃状態となったものであるから、右同日をもって本件賃貸借契約は本件建物朽廃を原因として消滅したものといえるから、原告らは被告に対し本件建物収去、本件土地明渡し、および右賃貸借契約終了の日の翌日である昭和四四年七月一日から本件土地明渡済まで一箇月金二、八〇〇円の賃料相当損害金の支払いを求める。

三  予備的請求原因

(一)  原告は本件建物は既に昭和四四年六月末日現在において朽廃していると主張するのであるが、仮りに右主張が認められないとしても、鑑定人生江光嘉の鑑定書によると、遅くとも右鑑定日時たる昭和四四年一一月二五日から六年の経過をもって朽廃状態に達することが明かであるから、本件賃貸借契約は昭和五〇年一一月二五日の経過をもって終了することになる。

(二)  ところで、被告は本件賃貸借契約の終了を争っており、近く建物を増築する意思も認められるので、右日時において本件土地を明渡すことは期待できず、一方原告らは右日時の経過と同時に本件土地の明渡を得る必要があるので、予め現在において右将来の請求をなす。

四  請求原因に対する答弁

(本位的請求原因に対する答弁)

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、松雄の死亡事実のみ認め、その余は不知。

(三)  同(三)のうち、古宇田の居住事実のみ認め、その余は否認する。

(四)  同(四)は否認する。

本件建物は一見古いが、土台、柱は朽廃しておらず、建物全体が傾いているということはない。現に古宇田が居住しており、居住不能ということはない。

本件建物は、かつて松雄が馬丁のため建築したもので、材料も基礎も相当良質のものを使用しており、簡単にこわれるような安普請ではない。

(予備的請求原因に対する答弁)

(一)  予備的請求原因(一)、(二)は、いずれも争う。

五  被告の抗弁

原告の本訴請求は権利の濫用である。

(一)  被告は昭和二四年一〇月一三日松雄の要請に基き、本件建物を、その敷地一三二・二三平方米の借地権とともに金五万円をもって買取ったのであるが、本件建物には、右買取当時三世帯が居住しており、その後昭和四二年頃までは二世帯が居住し、その後は古宇田芳子一世帯のみが居住して、現在に及んでいるのである。

(二)  被告は、将来子供に居住させる目的で、本件建物を取得したものであるが、現在長男、二男は各独立し、三男がようやく大学三年生となり、本件建物に居住させることを相当とするに到ったので、その手筈を整えていたのである。

(三)  被告が本件建物の改築に着手しなかったのは、寧ろ新築することが経済的と考え、かつ居住者古宇田芳子の意向をも見定めて、適当な改築時期を考慮していたこと、および建物の朽廃によって借地権が消滅するとは知らなかったため、改築すべき建物を敢えて修理して余分な費用を支払することを避けていたことによるものである。

(四)  被告は松雄の要請に基いて、既に建築後数年を経ている本件建物と敷地の借地権を買取ったのであるから、売主である松雄ないし原告らとしては、当然買主である被告が早晩本件建物を改築ないし新築することは予期するところであるのみならず、右改築、新築につきこれを承諾すべく義務付けられているものというべきである。このことは、一般的に土地を賃貸した場合における地主の土地所有権は、単なる地代徴収権と化したものと評価されている現在においては、なお当然というべきである。

(五)  被告は、従来から賃借人として地代の支払いを誠実に履行して来ており、特に昭和四四年二月一九日に、同年一月分から同年一二月分まで一年分の地代金三三、六〇〇円を納付したところ、原告らは一旦は異議なく領収しておきながら、その後同年七月二三日突如として、原告ら代理人弁護士萩芳雄名義をもって、同年一月分から同年六月分までの地代を領収し、その後の分である金一六、八〇〇円を理由なく返送して来ているのであるが、右は原告らが本件賃貸借契約が同年七月以降も継続していることを承諾しているものと考えるべきである。

(六)  本件賃貸借契約に基く、本件借地権の時価は、仮りに所有権価格の七割と評価したとして金九八〇万円相当である。

(七)  原告は本件土地に隣接して広大な土地、建物を所有し、かつその土地の一部を有料駐車場としており、本件土地を必要とするものではない。

以上の事実をを考えると、原告らの本訴請求は、権利の濫用である。

六  抗弁に対する答弁

権利濫用の抗弁および(一)ないし(六)において被告が主張する事実のうち、原告の主張に反する部分は否認する。

七  証拠≪省略≫

理由

一  先ず本位的請求について判断する。

(一)  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  請求原因(二)の事実のうち、昭和三三年六月二三日松雄が死亡した事実は当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、原告らが相続によって本件土地を、伊丹小夜が九分の三、その余の原告らが各九分の二の割合で共有している事実が認められるから、原告らが本件賃貸借契約に基づく貸主としての地位を承継したものというべきである。

(三)  本件建物が昭和四四年六月末日現在において朽廃の状態に在ったか否かについて争いがあるので、検討する。

≪証拠省略≫によると昭和四四年一一月二五日現在において次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1)  本件建物のうち居宅部分の構造は、木造瓦、亜鉛メッキ鋼板交葺二階建であり付属物置部分の構造は、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建であるが、居宅部分は大正一二年頃の建築で、既に建築後四十数年を経過し、かつ使用資材、施行とも並品等で、全般的に腐朽損傷していること。

(2)  本件建物の各部分の腐朽損傷状況は次のとおりであること。

(a) 別紙図面A、C部分(以下A、C部分という。)

この部分は数年間使用されずに空家となっていたため、その損傷が著るしい。即ち

(イ)基礎は部分的にさがり、建物が不安定になっている。

(ロ)土台は相当腐朽し、特に建物の主要構造部分である土台と柱との接合部分の腐朽が著るしい。

(ハ)根太、板走りなどは部分的に腐朽し、接合部分がはづれている部分もあり、また床板も破損している。

(ニ)柱、桁なども、基礎がさがり、土台が腐蝕しているので、柱はさがり、柱と桁との接合部分に間隙を生じ建物全体が傾いている。

(ホ)瓦葺部分は、瓦が破損し、雨漏りがしている。

(ヘ)内壁には、いたるところに亀裂が生じ、脱落している部分が多い。

(ト)外壁、横羽目板は破損脱落し、壁部分は亀裂を生じ脱落している部分が多い。

(チ)建具、戸、窓、襖などは損傷が甚だしく、柱、敷居、鴨居なども傾いており、開閉は困難である。

(b) 別紙図面B部分(以下B部分という。)

この部分は、屋根は波トタン葺で、使用資材はA、C部分より劣る。腐朽の程度は、A、C部分と大差はないが、引続いて居住者がおり、維持管理がなされているため、荒廃の状態ではない。

(c) 別紙図面D部分(付属物置部分)(以下D部分という。)

この部分は使用資材が悪く、全般的に腐朽している。但し三畳部分は、後日改造されたもので、腐蝕の程度も比較的軽微である。

(3)  本件建物を現状のままで居住使用することの能否については、次のとおりであること。

(a) A、C部分

この部分は腐朽が著るしく、強風、強震などがあれば容易に倒壊する虞があり、人体に危険なく居住使用しえない。

(b) B部分

この部分は、従来から居住者がおり、維持管理がなされており、平家建部分であるから倒壊の危険性も少なく、現状のままでも、今後五年ないし六年の使用に耐えうるのみならず、適切な補修、修繕をほどこせば今後一〇年ないし一二年の居住使用は可能である。

(c) D部分

物置部分は腐朽は著るしいが建物が軽いため、倒壊の危険はなく、今後三年ないし四年は物置として使用は可能であり、今後適切な補修、修繕をほどこせば今後六年ないし七年は使用可能である。三畳部分についても、少くとも右物置部分と同等程度に使用することは可能である。

(4)  本件建物のうちA、C部分につき、補修、修繕をほどこした場合における人の居住の能否については、次のとおりであること。

(イ) A、C部部につき、柱、土台など主構造を変更しない程度の修繕をほどこせば今後一〇年ないし一二年居住使用できる。

(ロ) 然しながら、右修繕には一平方米当り金二〇、九八〇円を要し、このような多額の修繕工事費を支出して補修するよりも、むしろ取毀して新築する方が経済的である。

(四)  凡そ借地法第二条にいう建物の朽廃とは、建物が腐朽、廃頽することによって社会通念上建物としての効用を全うすることができない程度に、その価値を喪失したものと認められるに至った状態を指称するものであり、また借地法の立法趣旨も、建物が社会通念上その使用目的に適する価値を保持している限りにおいて、その存続を保護するところにあるから、かかる価値の維持が、当該建物に対して通常相当と認めうる範囲の経費を支出することによって確保される限りにおいて、右保護に価するが、右の限度を超えて、新築に類する、ないしは新築する方が経済的である程度の修繕、改造をするのでなくては、右価値を保持できないような状態に達している場合は、当該建物は右保護に価せず従って同建物は借地法第二条にいう朽廃に至ったものと称すべきである。

右の立場において、本件建物の朽廃の存否を考えると、前認定の事実に徴すると、A、C部分は昭和四四年一一月二五日(鑑定人生江光喜の鑑定調査日)当時において朽廃の状態に立ち至っていたものと認めるべきであるが、B部分およびD部分は、現在においても未だ朽廃の状態に立ち至ってはいないといわなければならない。

(五)  ところで一箇の契約に基づく一筆の土地の賃貸借において、右借地上に数棟の建物が存在する場合において、その一部のみが朽廃したときでも、右数棟の建物が全体として一の効用を全うするものである場合には、主たる建物が朽廃した以上、従たる建物が朽廃していなくても、借地権は消滅するものと解すべきであるところ、本件建物のうちD部分は主たる建物部分であるA、C部分に付属するものであることは、前記各証拠によって認められるところであり、かつ前認定のとおり、A、C部分が朽廃したものと認められる以上、D部分の敷地につき特に借地権を存続させることを相当とする事情が何ら認められない本件においては、A、C、D部分の敷地上の借地権は、右A、C部分の朽廃によって、一括消滅に帰したものといわなければならない。

(六)  次に同じく一箇の契約に基づく借地上に存在する一棟の建物が、数個の独立効用を有する部分に分れている場合において、その一部分が朽廃した場合、その敷地借地権が全体として消滅するか、或は消滅しないか、ないしは朽廃建物敷地部分のみにつき借地権が消滅するかについては、朽廃した当該建物部分が主たる部分か否か、或は各建物部分の敷地が各独立して、各別に敷地としての利用関係を維持することが可能であるか否か、借地契約において、ないしは地形上からみて、当該土地の一体的利用の確保が図られているか或は分離区分して利用することの可能性が留保されているか、等を考慮して判断されるべきである。

ところで、本件建物のうち、B部分が、A、C部分と対比して、建物の構造上ないし物理上は、いわゆる従属的部分であることは≪証拠省略≫に徴して明らかなところであるが、≪証拠省略≫を綜合すると、B部分は機能的にみて、一箇の建物としての独立の効用を有しているのみならず、実際上も訴外古宇田芳子が一戸の独立の建物として、これに居住使用していることが認められるから、B部分がA、C部分に対する関係において、D部分と同様の運命に服するものとは認め難いことは勿論であるが、さりとて、B部分が未だ朽廃していないからといって、逆に、このことに基づき、A、C、D部分をも含む本件建物全部の敷地である本件土地全体につき、本件借地権が消滅しないといいうるかについては、別途の考慮を要することは、前述したところによっても明らかであるといわなければならない。そして≪証拠省略≫を各綜合すると、本件賃貸借契約は一筆の土地のうちの一部分である本件土地につき、一箇の契約をもって成立していること、本件建物のうちB部分については、被告が本件土地を買取った昭和二四年一〇月一三日以前から訴外古宇田某が賃借居住し、爾来引続き同人および同人の娘である古宇田芳子が居住していたが、右古宇田某の死亡後は右芳子およびその家人が居住して現在に至っており、現在における賃料は一箇月金五、七〇〇円として、右芳子から被告に支払われていること、本件土地のうち、古宇田がB部分に居住することによって、占有使用することを必要とする土地範囲は、右B部分の敷地および本件土地のうち、A部分とB部分との境界線を直線をもってほぼ東方およびほぼ西方に延長した線によって区分された南側土地部分のみであり(以下右土地部分を本件南側土地部分という。その範囲は別紙図面表示のとおりである。)、右直線によって区分された北側土地部分(以下本件北側土地部分という。その範囲は別紙図面表示のとおりである。)は、全くこれを使用する必要もないこと、一方A、C部分に居住することによって、占有使用することを必要とする土地の範囲は、本件北側土地部分のみであり、本件南側土地部分はこれを占有使用する必要がないこと、本件土地が、契約上ないし地形上特に全部的に、一体として使用されることを要し、分割区分して使用されることを不可とする特段の事情は、何ら認められないこと、などがいずれも認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上の事実に鑑みると、本件土地のうち、本件北側土地部分上の借地権は、A、C部分の朽廃によって消滅したものと認めるべきであるが、本件南側土地部分上の借地権はB部分が未だ朽廃していないから、依然として存続しているものと認めるべきである。

(七)  そこで、次に被告の権利濫用の抗弁について検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告は、昭和二四年一〇月一三日本件建物および本件借地権を合計金五万円で、当時の本件建物および本件土地の所有者であった松雄から買受けたこと、右当時およびその後に亘り本件建物には三世帯ないし二世帯が居住しており、昭和三九年頃からは古宇田のみがB部分に居住し、その余は空家となっていたこと、被告は将来子供が独立した際は、本件建物を建替えて、その住居に使用する考えであったところ、漸くその時期も近づいたものとして着手しようと思っていたところ、昭和四四年二月一九日被告から原告らあて納付した本件土地の昭和四四年一月分から一二月分までの賃料合計金三三、六〇〇円が一旦は領収されたものであるにもかかわらず、同年七月一三日突然、同年六月末日をもって本件建物が朽廃したことに基づく本件借地権消滅を理由として、同年七月から同年一二月分の賃料合計金一六、八〇〇円が原告ら代理人名義をもって被告あて返戻され、更に同年七月二一日原告らを債権者とし被告および古宇田を債務者とする本件建物に対する執行官保管、B部分に限り古宇田の使用を許可し、その余の部分は執行官において直接占有保管する旨の仮処分執行がなされたため、被告において本件建物に対し爾後補修、修繕は勿論、改築などを全くなしえなくなったこと、原告らが本件土地に隣接して相当に広い土地を所有し、その一部を駐車場として使用していることが認められ、一方本件借地権の価格が相当高価であることも当裁判所に顕著な事実ではあるが、さりながら、右仮処分執行当時においても、本件建物が現在と大差ない程に破損していたことは、前認定の各事実から充分に推測しうるし、被告が本件建物につき適切な補修、修繕を施行しなかったことは、右仮処分の執行のみに由来するものと認めえぬことは、被告の自陳するところに徴しても明らかなところであり、また借地法第二条の立法精神は既に建物としての効用を営むに足りる価値を喪失した家屋の存続を保護することは、敷地所有者に対し無用の拘束を与える結果を齎らし、社会経済上も不得策であるのみならず、かえって経済の発展を阻外するに至るものとして、当該敷地上の借地権を消滅に帰せしめるべきものとしたものであることを考慮すると、本件全証拠に徴しても末だ原告らの本訴請求が権利の濫用に該当するものとは認めえないから、被告の右主張は採用できない。

(八)  以上のとおりであるから、本件借地権のうち本件北側土地部分上の借地権は、昭和四四年一一月二五日本件建物のうちA、C部分が朽廃したことに基づき、同日の経過をもって消滅したものといえるが、本件南側土地部分上の借地権は、本件建物のうちB部分が未だ朽廃に至らぬため、依然として存続しているものといわなければならない。

そうすると被告は原告らに対し、本件建物のうち、A、C部分、D部分を収去して本件北側土地部分の明渡し、および昭和四四年七月一日から同年一一月二五日までの本件土地につき一箇月金二、八〇〇円の賃料、並びに同月二六日から本件北側土地部分明渡ずみに至るまで、同部分に対する賃料相当損害金を支払うべき義務があるというべきであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四四年七月一日以降同年一二月分までの賃料を弁済供託をしている事実が認められ、前認定の事実に徴すれば右供託は同年七月一日から同年一一月二五日分までの本件土地賃料の支払いの限度では有効と認められるから、この部分に関する原告らの金員支払い請求は理由がないが、同年一一月二六日から本件北側土地部分明渡ずみに至るまで、同土地部分に関する賃料相当損害金の支払いを請求する部分は、その理由があるというべきところ本件北側土地部分と本件南側土地部分との比率は約三対一であるから、前者の賃料相当損害金は一箇月金二、一〇〇円であることは計数上明らかである。してみれば、原告らの本位的請求は、右の限度で理由があるが、その余は失当といわなければならない。

二  原告らの予備的請求について検討する。

(一)  本件南側土地部分について、原告らはB部分は昭和五〇年一一月二五日朽廃することが明らかであるので、同日の経過をもって、本件南側土地部分の被告の借地権は消滅するから、右同日限り、B部分を収去して本件南側土地部分の明渡しを求めている。

(二)  なるほど≪証拠省略≫によると、昭和四四年一一月二五日現在において、B部分は、修繕することなく現在のままの状態で五年ないし六年間は居住しうることが認められるのであるが、更に≪証拠省略≫によれば、B部分につき、柱、土台、桁などの主構造を変更しない程度の修理を施行すれば今後一〇年ないし一二年間は居住しうることも認められるところである。

(三)  ところで借地法第二条にいう建物の朽廃とは、現実に当該建物が建物としての効用を全うしえない程度に破損、頽廃した場合を指称するものであって、当該建物に何らの修理をも加えなければ、それが、建物としての効用を喪失滅却するであろうと考えられる理論上の時期を指称するものではないことは明らかなところであり、かつ借地人は借地上の建物につき、通常加えられるべき修繕を加えることは許されるものと解すべきであることを考慮すると、本件全証拠によるもB部分が昭和五〇年一一月二五日朽廃に立ち至ることを認めることはできないから、原告らの予備的請求は、すでにこの点においてその理由がない。

三  よって原告らの本訴請求は、A、C、D部分を収去して本件北側土地部分を明渡すこと、昭和四四年一一月一六日から右明渡ずみまで一箇月金二、一〇〇円の賃料相当損害金の支払を求める限度において、これを肯認し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、これを四分し、その一を原告ら、その三を被告の負担とし、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、それぞれ主文のとおり判決する。

(裁判官 安達昌彦)

〈以下省略〉

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